
もともと気分転換で歩いていただけの散歩が、「〇○歩達成でポイント付与」のような仕組みになった途端、
なぜか前ほど気軽に歩けなくなったりします。
今日はあと何歩だろう… あの交差点まで行けば達成かな…
そんなことがちらつき始めると、外の空気を味わう余裕がどこかに消えてしまう。
不思議ですよね。ご褒美がもらえるなら、むしろ「もっと歩こう」って思えそうなものなのに。
実はこの現象には、心理学で名前がついています。アンダーマイニング効果と呼ばれ、「外から与えられた報酬が、もともと内側にあったやる気を弱めてしまう現象」です。
この記事では、なぜそのようなことが起こるのか、そして仕事や子育ての場面でどう向き合うべきかを順に解説していきます。
なぜ報酬がやる気を壊すのか?自己決定理論という考え方
人間には「自分で決めたい」という根本的な欲求がある
アンダーマイニング効果がなぜ起こるのかを説明する理論として、
心理学者のデシとライアンが1985年に体系化した自己決定理論があります。
ざっくり言うと、人のやる気は「自分で選んでいる感覚」と深く結びついている、という考え方です。
この理論では、人間には3つの基本的な心理的欲求があるとされています。
自律性…自分の行動を自分で選んでいるという感覚。
有能感…「自分はできる」という感覚。
関係性…他者とつながっている感覚。
このうち、アンダーマイニング効果に最も関わるのが「自律性」です。
たとえば、好きで絵を描いている子どもは、「描きたいから描いている」という自律性を強く感じています。
しかしそこに「描いたら賞状をあげる」といった条件が加わると、絵を描く理由が「賞状のため」に変わってしまう。
少し難しいですが、心理学ではこれを、
内発的動機づけ(心の内側から湧くやる気)が外発的動機づけ(外からの報酬によるやる気)に置き換わる
と表現します。
「好きだから自由に走る」のと、「タイムを測られて評価されながら走る」
同じ走るという行動でも、自由にやっているかどうかで、感じ方は大きく変わりますよね。
「ご褒美が当たり前」になることの恐ろしさ
「ご褒美が当たり前」になることの恐ろしさは、報酬が習慣の一部として固定化してしまう点にもあります。
最初は「ボーナスが出るなら頑張ろう」と思えていたものが、
それが毎回続くうちに、次第に「もらえて当然」という感覚に変わっていきます。
その結果、報酬がない状況では、以前よりもやる気が出にくくなってしまうことすらあります。
条件付きの物質的報酬(お金やモノなど)は、内発的動機づけを下げやすいことが、多くの研究をまとめた結果として確認されています。
特に、もともと興味を持って取り組んでいるような活動では、その傾向がより強く出ることもわかっています
一方で、同じ「報酬」でも、
適切な褒め言葉は、内発的動機づけを維持したり、むしろ高めたりする傾向があることも報告されています。
ご褒美のすべてが悪いというわけではなく、報酬の種類と与え方が大事だということですね。
職場・子育て・日常 アンダーマイニング効果が潜む場面
仕事の現場で起きていること
「営業成績トップに10万円」「目標達成でインセンティブ」
企業ではごく当たり前に使われている仕組みですが、こうした環境にもアンダーマイニング効果が見られることがあります。
もともと人と話すこと自体が好きで営業職を選んだ人でも、成果報酬を強く意識するようになると、
「数字のために動く自分」へと少しずつシフトしていきます。
その結果、数字が伸びない月には一気に意欲が下がったり、目標を達成した瞬間に燃え尽きたように感じてしまうこともあります。
しかし、すべての仕事が内発的動機づけだけで成り立つわけではありません。
単調な作業や、もともと興味がない業務では、適切な外的報酬がむしろパフォーマンスを高めることもあります。
アンダーマイニング効果が問題になりやすいのは、すでにやりがいを感じている仕事に対して、評価や報酬で行動をコントロールしてしまうケースです。

子育てで「ごほうび作戦」を使うとき
子育ての場面では、「ごほうび作戦」がきっかけになることがあります。
「片付けができたらおやつ」「宿題が終わったらゲームしていいよ」。
こうした声かけは、多くの家庭で使われており、短期的には行動を促しやすい方法です。
しかし、これが定着しすぎると、本来の目的ではなく、報酬の有無が行動の基準になってしまうことがあります。
研究でも、あらかじめ条件付きの報酬を設定すると、子どもの好奇心や自発的な学びが弱まる可能性があることが示されています。
一方で、同じ「声かけ」でも、結果ではなく過程に注目した反応は少し性質が異なります。
たとえば「100点取ってすごいね!」よりも、「この難しい問題をひとりでよく解けたね!」といった声かけのほうが、「自分でできた」という感覚を育てやすいとされています。
ポイントは、こうした働きかけが子どもの自律性を支えているか、それともコントロールしているかという点です。
趣味が「仕事」になった瞬間
イラストが好きでSNSに投稿していたら依頼が来るようになった。
料理が趣味でブログを書いていたら収益化の話が出てきた。
副業やフリーランスが身近になった今、「好き」が「仕事」に変わる瞬間は珍しくありません。
もともと楽しんでいた活動でも、「アクセスを伸ばさないと…」「期待に応えないと…」といった外からの意識が強くなることで、楽しさよりも結果を重視するようになってしまうことがあります。
だからといって「好きなことで稼ぐのはよくない」という話ではありません。
大事なのは、報酬があっても自分の中の動機が消えていないかどうかです。
たとえば、収益や評価が得られる状況であっても、「お金のためにやっている」という感覚だけにとどまらず、「このテーマが面白いから続けている」「思いついたことを形にしたくて書いている」といった、自分なりの理由が残っている状態です。
そうした場合、報酬は行動の目的そのものというよりも、あとからついてくる結果として受け止められやすくなります。
そのため、報酬の有無に左右されにくくなり、行動そのものを続ける動機も保たれやすくなります。
日常生活でできる、やる気の守り方
褒め方は「結果より中身」
お金やモノのご褒美よりも、「その工夫がいいですね」「その発想はおもしろいですね」といった声かけのほうが、やる気を保ちやすいことがわかっています。ポイントは、成果そのものではなく、そこに至るまでの過程や考え方に注目することです。
条件づけを強くしすぎない
「これをやったらご褒美」という構図が強くなりすぎると、ご褒美そのものが目的にすり替わってしまうことがあります。それよりも、うまくいったときにあとから自然に認めるような形のほうが、やる気を損ないにくいとされています。
「自分で選んでいる感覚」を残す
心理学者であるデシとライアンが繰り返し指摘しているのは、自律性の大切さです。
同じ作業であっても、自分で選んでやっているという感覚があるかどうかで、続けやすさは大きく変わってきます。
ときどき立ち止まる
今の行動は「やりたいからやっている」のか、それとも「報酬や評価に引っ張られている」のか。そう軽く振り返ってみるだけでも、自分の中の軸を取り戻しやすくなります。

注意しておきたいこと
ここまでアンダーマイニング効果について見てきましたが、いくつか前提として押さえておきたい点があります。
まず、この効果がはっきり出やすいのは、もともと「やりたい気持ち」が強い活動です。
退屈な作業や義務的なタスクの場合は、むしろ報酬があることで行動しやすくなることもあります。
つまり、「報酬=悪」と単純に考えられるものではありません。
また、この効果はどんな場面でも同じように起きるわけではなく、文化や環境によっても違いがあると考えられています。研究でも、状況によって結果の出方が変わることが指摘されています。
心理学の研究は「こういう傾向がある」ということを示すもので、すべての人に当てはまるルールではありません。あくまで、自分の状況に合わせて考えるためのヒントとして捉えるのがちょうどいいとされています。
まとめ
好きでやっていたはずのことが、いつの間にか少しだけ重く感じられるようになることがあります。
そこに報酬や評価が加わることで、やる気の中心が「楽しさ」から「結果」へと静かに移っていく
それがアンダーマイニング効果です。
研究は、「報酬が悪い」という単純な話ではなく、何をきっかけに動いているのかで、行動の質が変わることを示しています。
もし最近、以前ほど楽しめていないと感じることがあるなら、それは気持ちが冷めたというより、動機の形が少し変わっただけなのかもしれません
そんなときは、何も気にせず、とりあえずやってみるのも一つの方法です。
アンダーマイニング効果についてもっと詳しく知りたい方
アンダーマイニング効果についてさらに詳しく知りたい方には、『人を伸ばす力——内発と自律のすすめ』(エドワード・L・デシ、リチャード・ライアン著)がおすすめです。
本書は、「人はどのようなときにやる気を持ち続けるのか」をテーマに、自己決定理論という心理学の枠組みから解説した一冊です。報酬や評価だけではなく、自分で選んでいる感覚や内側からの動機づけが、行動の質にどう影響するのかが具体的に説明されています。
アンダーマイニング効果の背景をもう少し深く知りたい方は、ぜひ手に取ってみてくださいね。
「参考書籍:『人を伸ばす力——内発と自律のすすめ』」
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ | エドワード・L. デシ, リチャード フラスト, 桜井 茂男 |本 | 通販 | Amazon
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